しまなみ海道の来島海峡大橋を走る管理人( 2002年5月)
                                           
撮影 :T.A氏
管理人
(ハンドルネーム)
ほたかのぼる(♂)
住 所 山口県
生年月日 1950年 射手座
趣 味
登山、写真、自転車、パソコン
落語、将棋
愛読書
 (子供の頃) ロビンソン・クルーソー、アラビアンナイト、
シートン動物記、シャーロックホームズ、・・・
 (最近・作家) 新田次郎、梓林太郎、西村京太郎
登山歴 1997年に右田ヶ岳に初登山
所属団体 防府山の会
使用PC ソニー
シャープ
DELL
acer
NEC  
VAIO      PCG−FX11V
Mebius  PC-RD1-D1U
LATITUDE  D530
ASPIRE   7750
VersaPro VY24G/D-9
HP作成 IBM HPビルダーV6.5
私のHPにお越しいただきありがとうございます、管理人の 「ほたかのぼる」 と申します。
山の経験も写真の腕前もまだまだ未熟な管理人ですが、私の今までの山行き記録が、これから同じルートにチャレンジされる方等に、少しでもお役に立てるならと思い、このHPを開設しました。しかしながら、ガイドブックとしてではなく、あくまでも管理人の主観的な記録として、参考にしていただきたいと思います。ご存知のように、バリエーションルートは一般ルートと違い、より充実感や達成感が得られますが、体力的にもルート判断に於いても、高い技量が要求されるようです。くれぐれも経験者の方の同行、それに普段のトレーニングを十分になさってチャレンジされることをお勧めいたします。まだHPの内容も十分とは言えませんが、これを機会に、少しずつ勉強して充実していきたいと考えています。

山に登り始めたきっかけ                                               
ある日、職場の後輩(M.N君)と、暇つぶしに山でも登ってみようかという話になり、それじゃ〜近くにある右田ヶ岳にしようと話がまとまり、休日にスニーカーで登り始めたのです。右田ヶ岳は、私の住んでいる市の北側に位置し、標高こそ426mと低い山ですが、岩山のうえ、途中何度も登り下りがあって、標高の割には結構厳しく、普段の運動不足のせいか、その時はとても苦しかった。それでも、息を弾ませ汗びっしょりになって、なんとか頂上まで登りました。汗を拭きながら、眼下に広がる郷土を眺め、その先には瀬戸内の海がキラキラと輝いていたのがとても印象的でした。それに頬をかすめる風がなんとも心地よく、今まで味わったことの無い、とてもさわやかな気分になりました。山登りってなんだか気持ちいいな〜、それが私の初登山でした。なお、その当時は全く知りませんでしたが、右田ヶ岳は、県内はもとより県外からも多くの登山客を集める有名な山で、展望も素晴らしく、市街地にも近いとあって、平日に女性の方一人でも安心して登れるという山です。日に何度も登る方もいれば、日々のトレーニングコースになってる方も大勢いらっしゃいます。このような山が身近にある事も、私にとってとても幸運だったと言えます。

そして                                                           
右田ヶ岳で、なんとも言えない爽やかな気分を味わって、今度は職場の上司(K.Sさん)を誘って三人で再度右田ヶ岳に登りました。K.Sさんは元自衛官だけあって体力もあり、先頭を登るM.N君は若いので、彼もぐんぐん登っていきます。私も置いていかれまいと、必死で登っていくものの、息も苦しく、脚力の低下、心肺機能の衰えをいやというほど思い知らされたものでした。が、それさえも頂上に立てば、忘れてしまうほど、また爽やかな風が体を吹き抜けていくのです。その後も何度か右田ヶ岳に登りました、他の山にも登ってみたいな〜と思うようになったのも自然な事かもしれません。山口県百名山(中島篤巳著)という本を購入しました。それからは休日のたびに、時に単独で、時にK.Sさんを誘って、山口県百名山に記載されている山を、ひとつひとつ登っていきました。K.Sさんとは、その後も互いに登った山の情報交換などをして、次の山行きの参考にしたり、時には、登った先で登山者から聞いた情報を参考にして次の山を決めたりもしました。初めての山で道に迷ったりしながらも、随分一緒に登りました、山登りの楽しさが少しずつ解っていった時でした。

穂高への憧れ                                                      
ほぼ三年かかって、山口県百名山を登り終える頃、雑誌等の山岳写真をよく見るようになっていました。その中でも特に北アルプスの穂高連峰の涸沢から見た、モルゲンロートに染まる岩稜の峰が、私の心を惹きつけて止みませんでした。その頃の私の北アルプスに対するイメージは、長年山に登っている経験豊富で屈強な山男にのみ許される危険な山域(事実でしょう)、到底、非力な私などの太刀打ち出来るような山ではなかろうと思っていました。それでも死ぬまでに一度は涸沢に立って岩稜の峰々を眺めてみたいと心の底では思っていたわけです。(笑)
ところで、山口県内には高い山が無く、最高峰である寂地山でさえ1337メートルの標高です。県内は隅々まで道路整備が進んでおり、マイカーを使えば、どの山も一時間そこそこで登れてしまい、日帰り山行きが十分可能で、ハイキングと言ってもいいくらいです。手軽に自然の懐に抱かれることが出来、私自身、運動不足の解消やストレスの解消になり、それは今日でも変わることはありません。

山の会への入会そして出会い                                            
穂高への思いをつのらせ、思い切って防府山の会に入会する事にしました。単独で穂高に行く度胸も無かったので、山の会に入れば私でも行けるかもしれないとの単純な発想からでした。それでも山の会の例会山行きには、なかなか顔を出せず、しばらくは名前だけの幽霊会員でした。転機を迎えたのは、2000年の穂高連峰の例会山行きへの初参加の決意でした。夏山(北アルプス等の)に参加する人は、事前に会のトレーニングが数回あり、結果的に穂高に行けるだけの技量・体力が私に無いにしても、それはそれでしかたがないと思い、とにかくT.F リーダーに穂高の例会に参加したい旨電話を入れました。今まで一度も例会山行に参加したことの無い幽霊会員が、いきなり穂高に行きたいなんて言い出したものだから、T.F リーダーも随分面くらったに違いありません。それまでの山の経験はと聞かれれば、三年間の県内の山だけなのですから。とりあえず、夏山トレーニングに顔を出してと言う返事でした。それでも私にして見れば、憧れの穂高に一歩近づいた、絶対穂高に行くぞ!そんな張りきった思いでいっぱいでした。トレーニングではクライミングや懸垂下降など生まれて始めての経験もありましたが、このトレーニングでは何としても合格をもらおうという必死の思いで臨んでいました。なんとか合格点はいただいたものの、初めての穂高、特に奥穂高岳から西穂高岳へのルート(初めて行く方は、必ず経験者の方と同行してください)は難所も多く、期待以上に不安でいっぱいでした。しかしながら、ここで出会えた先輩方が私の人生観も変えてしまった素晴らしい仲間との出会いだったわけです。

魂の震え                                                         
2000年8月13日、初めての上高地、梓川の清冽な流れ、河童橋から見える穂高連峰の素晴らしい景観に我を忘れて感動し、明日からの山行き(北穂高岳東稜、奥穂高岳〜西穂高岳への縦走)の事などすっかり忘れ、涸沢まではルンルン気分で歩きました。午後1:30、私は憧れの穂高は涸沢の地に立っていました。あいにくその日はガスが低くたれこみ、涸沢カールの広い雪原は見えましたが、期待していた穂高の岩稜は全く見ることは出来ませんでした。初めての山小屋(涸沢小屋)でなかなか寝付けなかったものの、疲れていたせいか、いつしか眠っていました。14日未明、星が出てるぞ!という低い声で、目が覚め、窓の外に目をやると、星明かりの中、黒い山影だけが、大きくそのシルエットを浮かべていたのです。私は、訳のわからない胸騒ぎを覚え、カメラとヘッドランプを持って、そっと小屋を抜け出しました。小屋の前の石段を足早に下り、じっとその瞬間を待っていました。(時間は忘れてしまいましたが)黒々としたシルエットの先端に朝日が当たり始めると、岩稜の峰が真っ赤に染まっていきます。私は夢中でシャッターを押しました、シャッタースピードが1/60(AUTO)くらいで、無理かなと思いましたが、とにかく夢 中で撮り続けました。三脚は持っていませんでしたので、しっかり固定して撮ろうと思いました。その後の数分間は私が生まれて初めて体験した、魂が震えるほどの感動的なシーンでした。その光景は今でも鮮明に脳裏に焼きついており、忘れることはありません。

最後に                                                         
経験も少ない私が、穂高連峰・槍ヶ岳・剱岳・八ヶ岳と(天候に恵まれなかった山行きもありましたが)、これ以上の素晴らしいコースは無いと思えるほどの山々に、自らの夢を追いかけてこれたのも、同行していただいた先輩諸兄ならびに山の会の皆さんのご指導に他なりません、改めて感謝申し上げます。また普段のトレーニングを兼ねた山行きに同行していただいてる私の数少ない山仲間の方々にも心から感謝申し上げるものです。単独で山に行かれる方もいらっしゃるでしょうが、私はいまだ単独で山に入る技量も無く、しばらくは心の休まる素晴らしい仲間との山行きを続けていきたいと考えています。下手な文章を最後までお読みいただき感謝に耐えません、読者の方々の、なによりも安全な登山を、そして山の素晴らしさを十分に楽しまれる事を心から願って止みません。
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